2020.03.20
VOICE
家族の想いを受け継ぐ、滝野川の家

都電庚申塚の駅を降りるとどこか懐かしい風景が広がる、滝野川。お祖父様が営んでいた元診療所を、地域にひらいたダンススタジオと住まいにリノベーションした建物があります。建物のオーナーであり、コンテンポラリーダンサーでもある笠井晴子さんに、リノベーションを通して出会った素敵な生活についてインタビューしました。

 

− まず、この建物について教えていただけますか?

笠井さん:元々、医者だった祖父が営んでいた元診療所を、ちょうど1年前にリノベーションして、1階は、地域にひらいたダンススタジオ「ハレマニ」、2階は、両親が泊まるためのゲストルーム、3階は、私たち家族の住居、地下1階は、賃貸用スペースの、まちに開いた場にしました。

−リノベーションをしようと思ったきっかけは?

笠井さん:私が、ちょうど出産して、子育てをしていくタイミングで、ちょっと退屈しちゃった部分があって。今まで外に出ることが多い仕事だったので、半径500mとか1kmの世界で、ちっちゃい子と日常を過ごすときに、折角なら、このまちでもっと楽しく暮らしたいと思ったんです。

その時にはじめて「まち」での暮らしに、自分の視点が向いたんですよね。

そう考えると、私の祖父は、まちのお医者さんという立場から、まちの人を元気にしていたんですよね。私はダンサーで。すごく大きな枠で捉えたら「誰かを元気する」というところでは繋がっていると、勝手に共振してしまったんです。祖父は、私が生まれる前に亡くなくなって、会ったことがないのですが、建物を通して意思を継ぐことができたら、すごく素敵なことだなと、自分の中でストンと腹落ちして。

もう少し手を入れて、祖父がまちの人を元気にしていたように、ダンスを通してまちの人を元気にするような場所にしたいなと、立ち上げました。

嶋田:僕もそのコンセプトを聞いたときに、とてもしっくりきて是非やりたいと思ったんです。

 

−どのように、らいおん建築事務所を知ったのですか?

笠井さん:ネットです、ネット!(笑)

嶋田:検索したんですか?(笑)

笠井さん:はい。私も、結婚、出産のタイミングで、住まいのことを考え直したんです。

最初は、両親の知り合いの建築士の方に相談しました。ダンススタジオと住まいを一緒にできますか?って。そうすると、すごく費用がかかりますよ、とか、もう価値がないから売却した方が良いですね、とか。プランがしっくり来なくて。それで、ネットで検索し直しました。(笑)

嶋田:会ってみて、どうでしたか?

笠井さん:最初、嶋田さんが来てくれた時に、あ〜いいですね、ここ残したいですね!って、この建物をプラスに考えてくれたのが、すごくヒットして!10人あたって、やっとそう言ってくれる1人に出会えたって。

嶋田さん:当時、色々とやりたいことがありましたよね。

ダンススタジオをオープンして、快適な住居も、地下はテナントに貸して家賃もらいたいとか、ご両親が泊まれるゲストルームや、耐震も気になる、とか。詰め込めるだけ、詰め込もうと。(笑)

たしかに、他の設計事務所だったら、地下の賃貸、Airbnb… わからない!!ってなるかもしれません。(笑)

 

嶋田:ちょうど1年経ちましたが、いかがですか? 

笠井さん:まちで声を掛けてくれる方や、足を運んでくれる方が増えましたね。「開放」といって、スタジオにいるので誰でも来てくださいね、っていう日は、小さなお子さん連れのママさんたちが、ちょろちょろと遊びに来たりするんですよ。(笑)

あとは、誰かが、何かを始められる場所になるといいなと思ってます。

今、ヨガをやっていて、お子さんが小学生に上がって、新しいことを一歩始めたいというお母さんがいて。大手ヨガスタジオで、いきなりインストラクターをするのはハードルが高いから、まずは、ハレマニでお教室を始めることになりました。

私も場を整えてもらったことでスタートできた人間だから、そういう思いをバックアップしたいという気持ちがありますね。

 

1階・ダンススタジオ「ハレマニ」

笠井さん:それと、2階のゲストルームが空いているときに、民泊事業を始めました。

嶋田:お客様、いらっしゃってますか?

笠井さん:登録したら、早くって!

夫が管理してるんですけど、またきた、またきた、またきた!って。

嶋田:海外からいらっしゃる方にとっては地蔵通りと都電のあたりは雰囲気ががいいですよね。

笠井さん:日本人のアーティストの方が来て、スタジオも使えるんですか!泊まります!とか。

そうだ、音楽家の方が1人目だったんですよ。

なんて理想的!と、思って。(笑)

嶋田:アーティスト・イン・レジンデンスのようになるといいですね。

笠井さん:そうなんです。実はもう繋がりのあるダンススタジオから、夏に20日間くらいアーティストを泊めてくれないか、という問い合わせが来てるんですよ。

面白くなってきました!

 

3階・住居リビング 大きなキッチン、ソファのあるリビングが一緒に。

− どんな点に注意して、設計を進めましたか?

嶋田: 当時、ちょうど結婚されてお子さんもいた、小沢さんという女性のスタッフに担当してもらいました。

笠井さん:小沢さんがスケッチを描いてくださったり、丁寧に1個ずつ聞いてくれて、答えて、を繰り返してくれました。小沢さんお勧めの床材を見に、他のダンススタジオに一緒に行ったり、取り寄せてくれた資材に一緒に頬ずりしたり、気に入ってるイメージを共有したり。

だんだん私も妊娠しててお腹が膨れてくる時期だったので、最後は小沢さんにお任せします!って。(笑)

 

全体・コンセプトスケッチ 地下テナント、1階のダンススタジオ3階のリビングなどを断面パースで表現。

笠井さん:あと、ここは大事だから残して、ここは切っちゃっていいですよ、とか、ジャッジは嶋田さんにお願いしていました。

嶋田:予算の配分とか、優先順位のつけ方って結構大事だと思うんですよ。

お施主さん自身も、整理ができないんですよね、やっぱり。

何にいくらかかるかわからないし、やめる時のリスクとか、やる時のメリットとか、やっぱり整理するのが僕たちの仕事なんじゃないかと。

本当は全部まるっと断熱できたら良いですけど、予算の中で、何を優先順位するかっていえば、一番はお子さんや家族で生活するこの3階のフロアじゃないですか。日常を暮らす空間なので、このフロアだけはきっちり断熱をして、冬は暖かく、夏は涼しくというのをちゃんとやろうと話していましたよね。

 

3階・住居リビング  断熱材を内側付加し、開口部は室内側にサッシを追加して二重窓に。

嶋田:断熱材をプラスして、窓も全部2重にしました。

実際に住んでみてどうですか?

笠井さん:これ、かなり違います。

リノベーションする前は、夫が、春を迎えると、今年も乗り切った!って言ってて。(笑)子供の足は裸足でペタペタいくし、冬は、外より寒かったから。

嶋田:断熱のされていない建物って、外にいるのと一緒なんですよね。

笠井さん:エアコンは、真冬の一番寒い時間帯につけなきゃっていうくらい。あれ、消しちゃったっけ?って。また付け直すのが数時間後ですね。

 

3階・住居リビングの向こうにもう一部屋。

ガラス戸にすることで、お子さんがどこにいるかもすぐわかる。

− すり合わせをしながら作っていって、完成して、住んでみてどうですか?

笠井さん:設計していた頃より、予想以上に良い!と思います。

ガラス戸にすると言ってたけど、開けたらこんななんだ!とか、ぱーっと見渡せるとか。家にいる時間が好きになりました。

日常生活を送ってて、喜びや発見があるような暮らしができるって大切ですね。

ここに座ったら一回気持ちよくなれるっていう、日々のルーティンって大事なんだなというのを知りました。

 

地下1階・テナント募集中

− 嶋田さんから、何かありますか?

嶋田:地下のテナントを4月以降に募集しようと思っています。

ダンススタジオとシナジーが生まれるような、地域にひらかれた場所になるような。一緒に仕掛けられる人たちに、使ってもらえたらと思いますね。

記事を読んで興味ある方がいたら、是非どうぞ!(笑)

笠井さん:嶋田さんには、事業プロデュースもお願いしています。

地下からスタジオ、民泊、住まいと、全体をどういう風にまちに開いて、発信していくか。上でダンスをやるなら、下は整体がいいかもしれないし、上で踊るなら、ミーティングできるカフェが良いとか、そういうことも相談しています。

地下のテナントさんが決まったら、それでコンプリートなんですよ!

嶋田:建築家の仕事は、建物が完成するまでの仕事だったんですよね、これまで。

建ってからもずっとお付き合いがあるっていうのはいいですよね。

− ずっとお付き合いする建築家ですね。

笠井さん:まだまだ、これからもよろしくお願いします!(笑)

 

− 最後に、コメントをお願いします。

笠井さん:1階が仕事場になって、子どももいて、個人事業主なので自分の体が動けない時にもテナントが回っていて。自分がどうやって生きていきたいのか、どういう暮らしを求めているのか、人生観がガラッと動いたリノベーションだったなと思っています。

家は帰って寝る場所だけではなくて、ちょっと仕事行ってくるね!って、1〜2時間、下にピュッ!と行って、また上のリビングに戻ってくる。仕事場には子どもも連れていけるし、まちの方と交流をしながら、その方たちがまたそこで新しいプロジェクトを始める。まちに、住みひらくってこういうことなんだなと。新しい展開が、自分の人生の中で始まってきてる気がします。ちょっとやりたいことがあったら、そのスイッチをポン!って押していける環境があるのは、すごい楽しい!!ワクワクしますね!

嶋田さん:まちと住まいは、住んで、子育てして、働いて、暮らす舞台みたいなもの。まちもふくめて自分で生業をもって、自由に生き方を決められる。

リノベーションっていいなって思いますね!

皆さん:ありがとうございました!

 

元診療所、現ダンススタジオ「ハレマニ」の前で、お母さま、お子さまと一緒に。

photo by Aya Ikeda , text by Motomi Matsumoto