対談 松本勇弥(下関市役所)×平山慎一郎(下関市役所)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)
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ーー行政と民間、町を愛する共通の思いがまちづくりを加速する
嶋田 リノベーションまちづくリは、とにかくまずは関わりたいと思ってもらえる場所をつくることが大切だと思っていて、そういった場所ができることで、さまざまなプレイヤーが登場し、その場所の運営や今後について、さらにはその後に続くまちづくりのあり方など、さまざまなことが見えてくるんです。
「Bridge」を開業してみてそうでしたよね。こういう場所があると、チャレンジをしたい人、特に小商をやってみたい女性がこんなにたくさんいるんだなとわかったのは、次に繋がる町のポテンシャルの発掘だったと思います。町の人たちには、こんなに古い建物でも素敵な場所がつくれるんだと見てもらうことができ、あと、建物のオーナーが実質的に動けなくても、家守的な人がいれば動くことも示せたので、不動産オーナーの皆さんへの説明もできました。
プロジェクトの当事者、町の人たち、建物の所有者がそれぞれの課題解決の方向性をひとつのリノベーションから見い出すことができるようになったのです。
どこかの町でこういうことが動いているのを知っていても、自分たちの町でそれができると思えるかどうか。そのための大切な第一歩が「Bridge」だったのではないでしょうか。
「Bridge」があるのは下関駅に近いエリアですが、下関市といえば、下関駅から2.6キロぐらい先の市役所のある唐戸エリアも昔の賑わいが失われ衰退が著しかったので、次なるリノベーションまちづくりを進めるためにオーナーの啓発ができないかという動きになりましたよね。それでここのエリアを対象に町歩きをしました。町歩きといっても空きビルだらけで、ひたすら空きビルを見て回る感じだったと思いますが。
でも、そこで新たなプレイヤーが登場したわけですよ。その時は平山さんがご担当だったでしょうか。
平山 はい。この時から担当ですね。「Bridge」がそろそろ出来上がるというタイミングで、唐戸エリアも何かできないかというので町歩きを行ったら、若い人を含めて結構たくさんの人が参加してくれたんです。その中に橋本さんという地元の不動産屋の二代目の方がいらっしゃいました。まちづくりにとても興味を持っていらして、「Bridge」のプロジェクトのこともご存知だったと思います。ご自身の仕事をしながら自分もまちづくりをやりたいと言ってくださって、町歩きを機会にものすごくやる気を出してどんどんリノベーションまちづくりを進めてくださったんです。
嶋田 新たなプレイヤーが出てきてくれたのは嬉しかったですね。初めに橋本さんにお目にかかった時は、素敵な女性がいらっしゃるんだなという印象だったのですが、その後に彼女があれだけさまざまなリアクションを起こしてくれるとは想像もできませんでした。下関市の人材の厚さというか、リノベーションまちづくりを引っ張ってくれる人の動きと展開が素晴らしいです。
平山 そうですね。橋本さんは家業が不動産屋であったこともあり、「Bridge」の仕組みや進めていることには以前から興味と理解をいただいていましたので、唐戸エリアの町歩きに橋本さんにもお声がけして参加していただきました。その町歩きの後に「Bridge」のオープニングパーティーがあったのですが、参加してくださった橋本さんは、「こんな物件でもいろいろなことができるんだ」ということにかなり刺激を受けていらした様子でした。
そこから、自分でも何かできるのではないかと、不動産屋であることの情報や目利きを生かしながらご自身で中古物件を手に入れてリノベーションし、新たな施設を開業されたんです。それが「ARCH茶山Ⅰ・Ⅱ」です。
行動力や実行力がある方なので、2021年に町歩きを行ってからすぐに物件の取得に乗り出し、リノベーションを行って開業するまでに10ヶ月程度でしょうか、「ARCH茶山」は2023年2月に開業しました。
「ARCH茶山」は下関市の「グリーンモール・茶山通り」というかつてとても賑わっていた商店街の入り口にあります。橋本さんは木造2階建ての続きの3棟を購入、2棟はすでにレンタルスペースやカフェとして開業していて、さらにもう一棟を「ARCH茶山Ⅲ」として再生中です。
不動産屋の仕事として、住宅街にある空き家を個人的に所有してリノベーションすることなどはされていたので、空き家を活用することに抵抗はなかったみたいです。「ARCH茶山」の改修前の建物もとんでもなくボロボロだったですが、それを格安で個人で入手してリノベーションされたんです。このグリーンモール・茶山通りは、橋本さんが生まれ育った場所で、「ARCH茶山」として再生したうちの1棟はもと駄菓子屋さんで、橋本さんが子どもの頃よく買いに来ていた思い出の場所とのこと。建物への思い入れもあったようでした。
その後もボロボロの物件を入手してリノベーションして再生する事業を何軒も続けており、橋本さんが登場したことで、「Bridge」で始めたことが一気に面となって展開していくことになりました。
嶋田 その後のスピード感がすごいですよね。見ていて思うのは、市役所の人たちも仕事だからという割り切った関わり方ではなく、心から町のことを想う気持ちがあり、横で情報共有がなされてみんなで町をつくっていこうという熱意が感じられます。そういったオープンな意気込みは町の人たちにも伝わっているのではないでしょうか。民間の人たちは民間の人たちで横に繋がっているし、本当に良い流れができているなと思います。
こういう流れが生まれてきたタイミングで、今後この取り組みを駅前でもどのように進めていくべきなのか、そのビジョンづくりに着手して、リノベーションまちづくりの構想がつくられました。
まちづくりの話が出た時にはふたパターンあって、最初にビジョンをつくりましょうというケースもあるのですが、何も起こっていない時にビジョンだけつくっても絵に描いた餅にしかならずほとんど上手くいかないです。
まずはとにかく最初の物件をつくってみること、そしてそこからできるだけ多くの人の発掘を行って広げていくことで初めて真のビジョンが見えてくると思います。
平山 そうですね。下関市全体でこういった動きに火がついて広がっていることは非常に良い傾向だし、私たちもやりがいがあります。
▼ARCH茶山の横にできたcafe「あいまいな境界」
嶋田 リノベーションまちづくりの成果としては「大丸旅館」と「ARCH茶山」といった物件なのですが、下関市は公共空間でもさまざまなことをやっていて、市役所が新しく建て替えられた時、横の市民広場内にカフェを公募し、『TAGLINE(タグライン)』というカフェがオープンし、その場所も下関の賑わい創出の拠点となっています。
実際に訪れると、東京都豊島区の南池袋公園の施設を彷彿とさせる、とても素敵な場所になっていました。
松本 『TAGLINE(タグライン)』は僕や平山さんが携わる前のPMO室が関わって計画したものになります。PMO室が主導して公園にカフェを誘致しようという取り組みを実現しました。
嶋田 素敵です。僕たち自身と下関市の繋がりも今後新たな展開を見せていくことになると思います。
下関市でのリノベーションまちづくりとして、らいおん建築事務所としてはとにかく最初のプロジェクトをつくり出してもらうことをサポートしました。それをどう下関市に支援してもらうか、人をどう掘り起こしていくのか、他の物件をオーナーさんから提供していただいてワークショップを開催したりなどしています。
そうした中で「大丸旅館」や「ARCH茶山」といった場所が出来上がってきたのですが、僕たち自身も個別に新たなプロジェクトを進めることになりました。らいおん建築事務所が小倉に営業所をつくって、下関で家守をやろうと思っているんです。下関であるビル物件をオーナーさんから借りることができたので、新たな家守事業を行うべく、現在準備中です。
松本 嶋田さんに下関市のまちづくりに直接参加していただけるのはとても嬉しいです。嶋田さんが家守となる場所ができることで、より社会の注目度も上がり、そこからさらに次の展開が見通していける気がしています。
嶋田 僕が下関市でやりたいと思ったのは、素敵なオーナーさんに巡り会えたこともありますが、下関市の皆さんのアクティブさと身軽さに感動してぜひご一緒したいと思ったからです。一緒に盛り上げていきたいですね。
松本 はい、よろしくお願いします。
平山 楽しみにしています。
嶋田 下関市でのリノベーションまちづくりの次の展開としては、斜面地に建つ住宅エリアをどうにかできないかとみんなで考えていて、今年度の新たな課題としています。ここにある空き家を町歩きしてプロットしたりして、その所有者を下関市が調べて当たったり、また候補になる物件を平山さんが見つけてきたりしていますよね。で、この斜面地住宅をなんとかしたいというプレイヤーも出てきている状況なので、その方と物件のマッチングをしたりなど、徐々に動きが活発化しています。
いわゆる斜面地にある住宅群で建て替えもままならないし、再建築も不可だったりする場所なので、リノベーションにより可能性があります。最近、下関市はインバウンドのお客さんも増えているので、特徴的な土地形状を活用した宿泊施設などができたら話題になるかもしれないし、とにかくプレイヤーの意気込みをみんなでバックアップしてよいかたちにしていきたいですね。
平山 今、下関駅前や下関市の中心部でやっていることを、郊外部の農村地域や漁村地域でも展開していこうという雰囲気になっています。駅前は私が担当して、それ以外のエリアは市役所の支所があるのでそこを中心として広げていこうという感じです。さまざまな情報を共有して、ノウハウも含めて皆さんに発信しながら、ひとつひとつの点を広げて大きな面として下関を元気にしていきたいです。
嶋田 そうですね。確か今、豊北というエリアでもさらに仕掛けようとしていますよね。このエリアにはやはりプレイヤーとなる人が現れていて、ここは支所にいる人たちもアクティブだし、地域の住民もやる気ある人たちがいて、中心部でやったことをまずは豊北で展開できれば、それを見た豊田とか豊浦エリアの人たちも、自分たちも! となる可能性があるなと思っています。
長州藩の人たちはそういう動きは早いんですよ。新しいことに対してやるぞとなったら早い。でもそこまではちょっと長くかかります。幕府を倒すまでに300年かかるけど、倒すとなったら一瞬で倒す気質ですから。笑
今回の記事は下関におけるリノベーションまちづくりの第一弾かなと思います。これから第二弾、第三弾とさらに続けていくことができるようにどんどん進めていきましょう。僕も実際に家守となって関わっていくので、楽しみにしています。