百貨店なのでご年配の方が多数いらしていたのですが、オープニングイベントにも関わらず「この場所はいつ出来上がるの?」と何度か聞かれました。笑
嶋田 リノベーションによくありがちな質問ですね。笑
北尾 床は剥がした状態のままにしてクリア塗装していますが、コンクリートの打ちっ放しがむき出しだったので、仕上げをしていない=完成していないと思われて、何人もの方に同じ質問をされました。「JOIN083」をつくった場所は7階だったのですが、このフロアにはレストランや百貨店のお得意様が利用する場所があったんです。ので、結果的にご年配の方が立ち寄ってくださりそんな状況が起きました。
嶋田 あの世代の方達からすると、床も壁も天井も剥がした状態のままで完成っていうのはあり得ないんですよね。「お金稼いでから頑張って完成させればいいから頑張ろう」みたいな、優しい声もいただきましたよ。
北尾 百貨店に、仕上がっていない(ように見える)場所があること自体が異空間なんですよ。なんなんだこれは!? みたいな。
嶋田 学生の文化祭みたいに、出店が百貨店のフロアにある感じでしたからね。逆に若い人たちの反応はどうでしたか?
北尾 地元のアイドルグループ的な子たちから、ここでライブ配信ができますか? という問い合わせがきたり、芸能関係からの問い合わせがあったりして、ステージがあること自体がすごく魅力的だと思っていただけたみたいでした。実際に物撮りなどの写真撮影の利用なんかもありました。
ニュースで多数取り上げられたこともあり、若者たちは興味津々という感じでした。実際にできた翌年には吉本の芸人さんたちが来てイベントをやってくれたり、ミニシアター的な使い方がされるようになりました。東京には下北沢だったり青山だったり各所にミニシアター的な場所がたくさんあると思うのですが、下関市に人が気軽に集まれるそういった場所がなかったので、その使い方が広がっているのは嬉しいです。
嶋田 なるほど。さまざまな使い方をみなさんが発見してくださっている感じですよね。素晴らしいですね。いまオープンしてから3年ほど経過していますが、北尾さんはいまどんな思いを持っていらっしゃいますか。
北尾 当初僕たちが計画していたことや、ゲンバカンズが提案してくれたこと、すべてが叶っているなと思います。できていないことがないんです。そういった意味では挑戦してみてよかったなと思っています。
そもそもステージを構えるという案を出してくれたのは彼らだけでした。コンぺの現地説明会の時、表現の場がほしい、発信できる場がほしいということはみなさんにお伝えしていたので、配信スタジオを盛り込んだ案はいくつかあったのですが、劇場型的なステージを設けてそれを空間の中心とした場をつくっているのはゲンバカンズの提案だけでした。
あとこれは想像していなかったのですが、天井を貼っていないこともあり、音が拡散してしまうんです。そのため、現場の音がかなり反響します。音環境のセオリーとしてはよくないのでしょうが、これが逆に現場の賑わいを演出するかたちになっています。コワーキングスペースは普通静かですが、ガヤガヤと賑わいと活気がある方が会話が弾むとの声が届いています。この場所だからこそのあり方に繋がっていると感じます。駅前立地の百貨店の中にあって、賑わいがある場所でさまざまなライブ配信が行える。そういうメリットがだんだんと「JOIN083」の価値をまちの中に醸成していってくれているのではないでしょうか。
嶋田 いま主にはどんな方々が利用されているのでしょうか。
北尾 駅が近いので本当にさまざまです。朝から利用してくださっている人もいますし、常に人がいる感じになっています。
先日「わたしの本棚」という、地元の著名人の皆さんの蔵書を置いて気軽に読めるイベントを「JOIN083」で行ったのですが、その時は若い人からご年配の方までいらしていただけましたし、英語教室が開かれる時は小さな子どもたちから大学生までの利用になったり、大学のサークルで利用したり、出張で下関にいらした方が利用している姿も見かけます。
ワーケーションしている方、会社のアルバイトの面接をしている方もいるし多種多様なので、メインターゲットを設定せず、ここで行われるコンテンツによって年齢層の幅がさまざまになることもこの場所の許容力かつ強みなのではないかと思います。こないだ面白かったのは、北海道の学生さんが旅行中に就職面接の機会が舞い込み、たまたま下関でこの場所を見つけてオンライン面接を受けている、そんな場面もありました。
嶋田 面白いですね。僕たちの想定を超えて、場所が使い込まれていくというか、そういったお話を聞くと、コンペでゲンバカンズの提案を選んだのは間違いじゃなかったなと思いますね。
北尾 はい。とにかく、僕たちが何かをするというのではなくて、お客様がこういったことできますか? と提案してくださり、それをどう引き受けられるかを考えて使い方自体も発見していける。そんな気がしています。
コロナ禍、東京大学(国際都市計画・地域計画研究室)の城所哲夫教授から下関のフィールドワークをやりたいので大学院生を20人ぐらい連れて行きたいのだが、「JOIN083」でワークショップ的なことや図面を広げて何か議論ができるか? そんな問い合わせもありました。とにかくワイワイガヤガヤと議論ができる場所を探していて、立地のよい場所を探したらここしかなかったと。ビジネスマンに限らず、学生さんたちの集まりの場としても役立っているのかなと思います。
嶋田 そういう場所ってみなさんどうやって見つけるんでしょうかね。
北尾 ネットの検索と口コミです。コワーキングスペースやシェアオフィス、イベントスペース(場所貸し)の検索サイトなどにも登録しました。「下関 コワーキングスペース」、「下関 シェアスペース」のワード検索ですぐに「JOIN083」が出てきます。
嶋田 もうひとつお聞きしたかったのですが、今回「JOIN083」ができて、大丸のみなさんはどんな反応だったのでしょうか。
北尾 審査の時から、大丸下関店の店長さんと営業部長さんに参加していただきましたが、やはり二人とも手堅い案しか選んでいなかったですよね。百貨店にふさわしいものを一生懸命選ぼうとしていた感じ。
でも「JOIN083」が始まったら、大きな反響が後押しして僕たちの考えに理解を示してくれるようになりました。今まで百貨店店舗の中で写真を撮るのはNGだったのですが、僕たちは「JOIN083」でバンバン写真を撮ってアップしていたんです。インスタ映えだったり発信することの意味を分かってくださるようになりました。
嶋田 そうですよね。僕も審査委員をしながら、そういう考え方だから百貨店がだめになるんだよーと思っていました。当初のB工事の数字もおかしいし、デパートの上層階には上質空間があるという固まった考え方があったし、そういうところから脱せていないのが歯がゆかったです。
百貨店を再生していくためには、百貨店に興味のない人たちが来なければぜったいに無理なので、全然違う方向に振らないとやる意味がないんです。普通につくっても話題にもなりませんからね。
ゲンバカンズが配信スタジオをメインにした文化祭的な空間をつくると提案してくれた時は、発信力としては最高だと思いました。出来上がった空間は工事途中のように見えるかもしれないですが、使ってみるととても居心地がよいことはだんだん認識してもらえると思います。配信スタジオが中心にあって、その周りでみんなが思い思いに仕事や何かと向き合っている風景。ほかにはないので初めて見た人は驚くと思いますが、ちゃんと機能していて居心地よいです。
大丸の店舗内装担当の方達からは、今までのやり方と違いすぎてよくわからないと度々言われました。のでひとつひとつ説明しながら理解していただきました。最後は集客が全てなので、このフロアにたくさん人がいらしてくれたことが説得力になりましたね。大丸の方にとっては驚きでしかなかったんじゃないでしょうか。
これからの「JOIN083」や下関においてのまちづくりで、北尾さんが思い描いていらっしゃることを教えてください。
北尾 「JOIN083」はコンテンツを出し入れできる、ディスクジョッキーが曲をさまざまに選択してそれによって空間がガラッと変わる、そんな場所になっているなと思います。いまそのディスクジョッキーを私がやっていますが、その回しのディスクジョッキー自体も何人かいて、今日はこの人、明日はあの人みたいな、そういう人材の育成を今後はやっていけたらと思います。これはこの場所だからではなくて、何においても同じだと思います。最終的に大切なのは思いを持った人がどれぐらいいるかですから。いくら立派な箱をつくっても、そこに入るソフトの部分がなければ魅力はつくれないんです。
「JOIN083」は、市外局番083の下関市エリアに、さまざまな人がジョインしてくれることを意図したネーミングなので、これからはさまざまな人に運営に参加してもらえるような体制をつくり、本当の意味でオープンな空間にしていきたいなと思っています。
さらには嶋田さんと一緒にやっているリノベーションまちづくりも並行して進んでいますので、「JOIN083」を起点としながら広がったり、またそこに帰ってきて発信をしたり、シャワー効果的にもっともっと街に発信をができる情報発信基地としてのあり方も模索していきたいですし、そのためにも一人では限界があるので、タレントを育成できる拠点にもなればなと思っています。
嶋田 配信スタジオがステージになっているゲンバカンズの提案を選んだ時点で、あの場所から新たな人材が生まれるのではないかというワクワク感がありました。躍動感があるというか、動いているのが見えるようなデザインの方がよいと思うし、集っていること自体が発信力になるような、そういう場所のイメージを持てた時点で、ゲンバカンズの提案は北尾さんの考え方にマッチしたなと思います。
僕実際にこの場所でレクチャーさせていただいたじゃないですが、とってもよい感じでした。聞いている方との距離感もよいし、壇上からモノを言うのではなくて、話しかけている感じがあるというか。やっていることが外にも滲み出しているので、話しているとまったく関係ないおばあちゃんが足を止めて聞いてくださっているのがこちらからも見えたりします。話している僕がとても楽しかったです。
北尾 最近のイベントで、9090というTシャツのポップアップを3時間行った際に長蛇の行列ができて、3時間で50万円以上売り上げたそうです。いままでの大丸下関店にはなかった光景がそこにはあって、とにかく人が途切れることなく来ていました。何よりもいちばんびっくりしていたのは大丸の皆さんでしたね。なんなのこれ?? みたいな。百貨店でTシャツを売るだけで長蛇の列ができるってあり得なかったんです。大丸のチラシやHPにも載せていないイベントで、ブランドのインスタグラムへの発信だけで多くの人が来ました。それを伝えたら理解ができないみたいでした。
嶋田 百貨店のみなさんにはコンテンツ力だってことに気がついてほしいですね。人間の原理が変わってきているんですよ。そのことに気づいていないのかもしれないし、気がついていてもそれに対してのやり方がわからないのかもしれないですね。
北尾 一回大きな箱を持って成功した体験があると難しいのでしょうか。でも「JOIN083」ができた時、東京から大丸松坂屋の幹部のみなさんが見にいらっしゃいました。下関という田舎でもこういうことができるんだと、そのセンセーショナルなニュースを知っていただき、大丸の社内報でも特集され、ゲンバカンズのことも取り上げてもらいました。社内報なので外には出ていませんが、社員1万人以上いますから。結構なインパクトだったんじゃないかと思います。
下関は何かが始まって終わる歴史を持っているまちでもあるので、よいものは始まり、時代に合わなくなった古いあり方は終わらせるという意味で、「JOIN083」が変化のきっかけとなってくれたら嬉しいです。
嶋田 ありがとうございます。さらなる今後を楽しみにしています。