2023.05.21
VOICE
文化財保護の未来と地域発信を見据えたリノベーション手法からーー泉佐野市さの町場「朝日湯」vol.2

対談  中岡勝(泉佐野市日本遺産推進担当理事兼文化財保護課課長)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)


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ーーさの町場の銭湯建築 「大将軍湯」と「朝日湯」
中岡:「大将軍湯」を整備して活用する時に周辺の文化財施設であったり、店舗などの調査をしないといけないだろうと保存活用策定協議会で話になり、全体の調査をしていく中で、銭湯の建物がとても多く、その中に「朝日湯」という銭湯が廃業してから何も手を加えられずにいまだにそのまま残っていることがわかったのです。

泉佐野は漁師町でありましたので、ほかの町より銭湯が多いんです。北前船の寄港地もそうなのですがそういった集落は漁師さんたちがお風呂に入るためにすごく銭湯が多い。なぜ風呂が多いかと言うと、この町では街路が狭いことからも分かるように家に内風呂がつくれなかったということもひとつの原因だと思われます。近代になっても内風呂をつくれるスペースがなかったのと、風呂を焚くための木材の用意がなかなかできなかったのです。なので泉佐野では夕方から開ける銭湯が非常に流行っていました。いちばん多い時にはこのエリアに12軒ほどあったようです。

中身を調査してみると「大将軍湯」と同じ時代かそれより古い建物であることがわかりました。そして大きい。内容としてはよい状態で残る銭湯であることが分かったのです。
改装前の脱衣室の様子
改装前の浴室の様子

お風呂が多いのがこの町の特徴でもありますので、その建物をどう活用していくかという検討を文化財保護課で行い、「大将軍湯」「朝日湯」をどうにか残していきたいと思いました。

「朝日湯」については、民間事業者にも見ていただき、民間の方でこれを活用してもらえないかと話をしたのですが、なかなか話がまとまらず、さまざまな試行錯誤の末に市が引き受けて活用をしていくことになりました。
 

嶋田:「朝日湯」は「大将軍湯」よりよい状態で残っていましたよね。僕も拝見してこれは活用する際にあまりお金をかけずに残せる建物だなと直感しました。

中岡:木材もとてもよいものを使っていましたし。いちばんの問題は台風で痛んでしまっていた屋根でした。でもその辺を差し引いても「大将軍湯」はほぼ全解体して復元しないといけないような建物だったのに対し、「朝日湯」はリノベーションすることですぐになんとかできるように思いました。

ただちょうど「大将軍湯」を保存する計画をしているタイミングであったこともあり、市としても銭湯をふたつ買うのか? という問題があり、リノベーションして、市役所の庁舎の一部として使う選択肢を考えました。

とはいえ、庁舎とすれば厳格な耐震基準に適合させないといけないなど、それに合わせてた改修をしなければいけないので、時間も費用もかかる上に、市が建物を購入しなければなりませんでした。市長に相談したところ、これからさの町場を復活させていこうと考えている中で、その現場に私たちが入って町の人たちと共に町づくりを行っていくことも大切なのではないかと理解していただき、とにかく動かせることになったのです。
(撮影:中村晃)
嶋田:この場所を最終的に残すことになり、リノベーション事業が始まったのはいつ頃したっけ。

中岡:2021年の12月から2022年の1月頃でした。2022年の1月にやることが決まって、そこから動き出し、設計の方を進めていただきました。

朝日湯」の建物はその1年前ぐらいには見つけていたのですが、そこから改修費の予算をつけ、嶋田さんに活用の相談をし、企画・基本設計・実施設計・設計監理で1年ぐらいかかりました。ので、述べ2年ぐらいの事業だったと思います。

嶋田:いま一部完成で、これから2期工事が始まるところですね。

中岡:貸事務所、コワーキングスペースに改修工事を行います。それが完成して6月以降にみなさんに使っていただけます。

嶋田:僕は2019年に泉佐野市のまちづくりの仕事を受けた時からこの「朝日湯」の存在は知っていました。エリアのポテンシャル調査を行った時に見つけていました。当時の泉佐野市の担当者からここにいい銭湯があると教えてもらっていたんです。ご家族の状況もありすぐには使わせてもらえないが、このままだとさらに痛みが激しくなるのでなんとかできないかと、そんな話だけ聞いていたのです。

「バリュー・リノベーションズ・さの」の活動としては、民間が持っている古民家や、商店街の空き店舗を民間のリノベーションで動かしていました。そしたら中岡さんから「大将軍湯」を文化財として残す計画があり、どう活用できるかを検討したいとのお話があったので、2020年11月、「大将軍湯」を題材としてリノベーションのワークショップを行い、市民の人たちと一緒に考えてみたんです。

中岡:そうでしたね。たくさんの方が参加してくださいました。
(撮影:中村晃)
嶋田:「大将軍湯」は文化庁と一緒に予算もつけて保存改修していくので、もともとの銭湯を生かして残し、お風呂のない空き家とセットで使えるようにできないか考えました。

それと同時期に中岡さんが「朝日湯」のオーナーの方を説得されるかたちで、「朝日湯」は市が借りれるかもしれないという話が出てきたのです。それを聞いてとてもよい話だと思いました。

なぜかと言うと、さきほど中岡さんが話していたように文化庁の補助事業では時間がかかりすぎるし、保存のための研究調査もしなければならないので、ある程度の価値を守りながら活用することが重視されるのだけど、民間から市役所が建物を借りてリノベーションするのであれば、その辺がクリアできてスピーディーに動かせると思ったんです。なおかつ、市庁舎の一部として文化財保護課がオフィスとして使うということだったので、地域の人たちに見てもらうにはとても理想的なかたちだと思ってお話を受けました。

ただ文化財保護課のオフィスとして使うには広いスペースなので、事務所としては半分ぐらいの利用にして、残りの半分は地域の人たちに開いてコミュニティを生み出す場所にできないかなと。中岡さんからの依頼は改修設計でしたが、どうやって活用したらよいかも含めて提案しようと思い考えて、基本的な構想をらいおん事務所でつくりました。番台のある半分のスペースは事務所として使い、残りの半分の浴場部分は地域の人たちが公民館的に使えるような、ゲームしたり教室開いたり、映画を見たり。そんな風に使える場所にしたらどうかと提案しました。

その提案が通って、半分が文化財保護課のオフィス、半分はエンターテイメント的なコミュニティスペースとするべく進みました。
(撮影:中村晃)

お風呂として使うとめちゃくちゃお金がかかるので、お風呂の感じを残しつつ、別な収益構造を考えることにしたんです。さの町場にふたつお風呂を残す必要はなかったので、お風呂機能は「大将軍湯」、「朝日湯」はオフィス兼コミュニティスペースにする。改修計画としては事務所として半分を動かし始めて、残りの半分は二期工事としてエンターテイメント系コミュニティスペースのようなものをつくるかたちで、中岡さんに泉佐野市での予算組みをお願いし、設計と工事の時期をずらしながらいま進めています。
プロジェクタールーム(撮影:中村晃)
プロジェクタールーム(撮影:中村晃)

Text by Mitsue Nakamura