2023.05.28
VOICE
文化財保護の未来と地域発信を見据えたリノベーション手法からーー泉佐野市さの町場「朝日湯」vol.3

   対談 中岡勝(泉佐野市日本遺産推進担当理事兼文化財保護課課長)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)

3
ーー文化財の状況に合わせた、異なるリノベーション手法の実現
嶋田:このプロジェクトのハイライトは、価値はあるのだけど老朽化が激しい「大将軍湯」は文化財として残す。状態がよいけれど今すぐに取得するのは難しい「朝日湯」は、オーナーさんに所有してもらいながら市が借りてリノベーションして残すという二つのスキームが同時に並行して動き、スピーディーな方からでき上がっていく。そんな異なる手法のリノベーションが一緒に実現したということだと思います。

中岡:泉佐野市としては「大将軍湯」の方を先に実現しないといけなかったのですが、「朝日湯」の計画を嶋田さんたちと動かし、リノベーションで民間の力を借りると、これだけ早くできるのだなと実感しました。市が主導すると、業者選定からいろいろなことに時間がかかってしまうんです。しかし「朝日湯」は町場の再生をやっている嶋田さんと「バリュー・リノベーションズ・さの」とでやっていく手法を取ったことで、ものすごい速さで具体化し、文化財としての「大将軍湯」と、一旦は賃借をしてオーナーさんも巻き込みながら「朝日湯」の活用を実現できました。

「朝日湯」は市役所の一部としたことですごく反響がありまして、文化的価値のある建造物の活用として他に同じような事例はあるのですが、ここまで思い切った活用は泉佐野市ならではと言っていただいています。

嶋田:もともといろいろな町で商店街の再生をやっていて、商店街再生の部署は商店街の中に事務所があった方がよいと思っていました。同じように文化財保護の部署は文化財があるエリアに事務所を構えた方がよいと常々思っていて、中岡さんに話を聞いた時、泉佐野市はそれができるんだと思い、僕的にはすごく胸が躍りました。

当時僕らがさの町場でやっていたリノベーションはスピーディーに具体化していましたから、中岡さんはそれを見て速いなと思ってくださったのではないですか

中岡:その通りですね。自分たちでなんとかしないといけないという思いもありましたが、こういうやり方もあるんだなと分かり、ぜひ一緒にやりたいと思いました。

嶋田:すでに事務所として使われているので、日々の業務を「朝日湯」で行っていると思いますが、いかがですか?

中岡:文化財保護課としては、さの町場をこれから再生していく、そういう使命を与えられたと覚悟を持って「朝日湯」へと移転しました。僕はそう認識しています。まだ半分しか使っていませんが、実際に移動してみて、日々ワクワクしています。建物は古いのですが、嬉しいんですよね。昭和レトロな雰囲気の中で働けるというのは、文化財が好きだった自分にとって、自分の気持ちを思い起こさせてくれるような、そういう場の力を感じます。文化財保護を手がけて、そういう中で自分がその文化財の中で文化財保護の仕事ができるというのは、幸せ以外の何物でもないなと思うんです。

嶋田:嬉しいですね。

中岡:上手に改修していただいたので。文化財保護課が入っている場所は男湯の床や浴槽をそのまま残して、改修した床面は少し上に張っていますよね。天井も高く高窓もあるので日中もとても明るくて気持ちがよいんです。
文化財保護課のオフィス(撮影:中村晃)

嶋田:改修する時に、将来この建物を市が買い取って、もう一度文化財として再生する可能性もあると思ったんです。

中岡:はい、その可能性もありますよ。

嶋田:だから浴槽を壊さず、そのまま残したんです。その下に保存してあります。

中岡:その意図は僕もわかりました。そして僕もそれに賛同していました。

嶋田:床を外せば既存の床、浴槽が出てくるので、いつか「大将軍湯」も「朝日湯」も銭湯として残せたらよいなと思います。

中岡:たぶんいかようにもできると思いますので、そういった可能性が残っているのは私たちとしてもとてもありがたいと思いました。

嶋田:改修計画として何か特別なことは必要ないと思ったのですよね。「朝日湯」の内装を見た時、これはこのまま使えるなと。床は痛んでいるんだけど、壁と天井はすごくキレイだし、一部設備、照明などを整えれば、ここの空間はそのまま使える。脱衣所は物で溢れてちらかっているだけなので、いらないものを整理すればよいと。

浴場もものすごくキレイでした。でも一部天井が雨漏りして痛んでいたので、そこは補修してきれいに塗り直せば何の問題もなく、あとは屋根を直せばよかった。将来的な文化財としての保存のこともあるので、デザイン的なことをしたり手を加えずとにかく既存の状態を維持しながらキレイに残す。浴槽なども残して床を上に張っていこうと思いました。照明なども後からつければよいので。

既存カーペットと同じ色味のカーペットを貼ったり、同じような色味で塗装したり、浴槽はソファのようなものを入れて、中に入って寝転がるとか、居場所としての追加造作だけ入れました。脱衣所はほぼ何もしていません。
(撮影:中村晃)

嶋田:壁画も新たに作成したのですが、さの町場の銭湯って、富士山の絵が描いてないんですね。笑
新たな壁画は泉佐野の町とか歴史的なものを絵に描こうと思って、加藤アヤコさんというグラフィックデザイナーの方に泉佐野の近代的な風景などを壁に描いていただきました。
中岡:この壁画は市長も喜んでいました。
この絵の中にトゥクタクという3輪のアシストサイクルなのですが泉佐野市ではトゥクタクシーと呼んでこれから普及させようとしていて、そういった絵も入れていただきました。
受付部分は市民の方たちも自由に出入りできますので、すごくたくさんの方にいらしていただいています。文化財保護課は市役所と同じですので、カウンター越しにみなさんがこの壁画の写真を撮って行かれたりしていますよ。
嶋田:素敵ですね。
中岡:打ち合わせスペースとなっているところを泉佐野市の情報発信の拠点にしていけたらと思っていて、その整備も行っているところです。ここではトゥクタクの貸し出しも行っていく予定で、4月以降で考えていこうとしています。
要は観光案内所も兼ねてこの「朝日湯」がさの町場の情報拠点となっていくということです。
「バリュー・リノベーションズ・さの」で再生した建物や商店街の情報も見てもらえますし、泉佐野市の文化財を巡る拠点にもなれるよう宣伝PRを行っています。
いまはものすごい反響で、さまざまなマスコミから連絡をいただいています。
(撮影:中村晃)

嶋田:今後泉佐野市では、文化財の活用とまちづくりはどのようなフェーズを目指していかれるのでしょうか。 

中岡:文化財サイドからすると、重要な古民家や建物の整備、残していくものは残していくものとして続けていくかたちになると思います。

これまでは社寺仏閣は指定程文化財として整備してきましたが、民間が持っている未指定の建物までは手が及んでいませんでした。泉佐野市としては新しい建物と古い建物の共存と対比を見せるために、大阪万博という契機に向けて、一緒に整備していけたらという方向性を考えています。

そのために、最初に手がけた「新川家」、それから「大将軍湯」と「朝日湯」の3拠点を中心にいまいろいろな事業を展開したいなと思っているところです。

嶋田:そういった展開から新たな観光資源を生み出そうということも考えていらっしゃいますよね。

中岡:はい。でもそれだけではやっぱり片手落ちな気がしており、なかなか賑わいを取り戻すのは難しいと思うので、嶋田さんたちが行っている店舗や商業系の再生は不可欠なので、空き家を有効活用しながら若い方たちも誘致していくことが必要だと思っています。

町はやはり空き家の問題がいちばん深刻なんです。空き家になると建物の老朽化が進んでとり壊すしかなくなってしまいます。そういう図式にならないようにできるだけリノベーションで活用しやすくなるような手法は逆に民間の手法を多用していかないといけないかなと思っています。こういったことはスピード勝負ですからね。
文化財保護課の受付(撮影:中村晃)

嶋田:僕も引き続き民間の空き家や空き店舗の活用をずっと行っていて、いまの若い人たちのライフスタイルから言うと、空き家になっている場所に住むというのは難しいと思うので、働く場所、チャレンジする場所としてのさの町場が可能性があると思うんです。人が集まるコミュニティとしての場の可能性もありますね。

銭湯というのはそもそも江戸時代からある公共施設だったので、現代になったいま、行政の公共施設として生まれ変わり、みんなが集まって仕事をしている、市の職員のみなさんが町の中に入って仕事をしているのはとても意味があることだと思います。そういう場所を増やしていくことは大切なのではないでしょうか。

あとは子どもたちが遊べる場所、お母さんが集まれる場所。やはり周辺にマンションが建ち始めているので、そこに住む人たちが集まれる場所をつくってあげるのは町のよい活用方法だと思います。

中岡さんがおっしゃっていたように、文化財保護課がここに覚悟を持って入ってきて活動をしていることが伝わると、市民の意識も変わると思うんですよね。

中岡:泉佐野市は海だけでなく山もありますので、そういった泉佐野全体の歴史文化をみなさんに知っていただくことも私の役割だと思っています。実は文化財保護課は山側の上之郷にも広域の埋蔵文化財事務所がありまして、文化財保護に関してのすべての機能が「朝日湯」に入っているわけではありません。

泉佐野市に残るさまざまな文化財を包括的に見ながら、日根荘園が残る山間部では農村景観を、まちづくりという部分においては海側に比重を置いて文化財保護とまちづくりを繋げていきたいです。その思いでこれからの泉佐野市における文化財の活用をいろいろと考えていきたいと思っています。
(撮影:中村晃)

Text by Mitsue Nakamura