2024.10.04
VOICE
リフォームからリノベーションへ。遊休不動産はまちづくりの宝物ーー山口県下関市、民間で進むリノベーションまちづくりvol.2

対談  橋本千嘉子(上原不動産取締役 兼 株式会社ARCH代表取締役)×嶋田洋平(らいおん建築事務所)

 

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ーーコンセプトを持った場所づくりを。ARCHが2年間で具体化した活動の広がり

 

嶋田 実際には橋本さんはどのようにリノベーションまちづくりに着手されたのですか?

 

橋本 自分が所有している郊外のアパートで何かするのではなく、まちに対してインパクトのある場所でできたらと思っていろいろ考えていました。そんなある時、下関駅前の駄菓子屋さん後の空き店舗のオーナーが、高齢になり店舗を手放したいと相談があったのです。その場所は価格の設定ができないぐらい老朽化していました。実家の会社では取り扱うことが難しかったので私がやりたいと手を挙げました。不動産屋に居ると、さまざまな情報が入ってきますので、そういう意味ではとてもよかったなと思います。

下関には老朽化した建物は多く、でも空き家や遊休不動産で何かやりたいと思っても、建物が傷みすぎて莫大にお金がかかってしまうとか、集客が難しいとか、とにかく収益、回収が見込めない場所は紹介しても決まらず、そうなるとだんだん紹介の頻度も減ってしまう状況でした。でも地域の困っていることを解決するのが地域密着型だと思っていたので、条件が良いものだけ扱い、貸す側が工夫や努力をしないスタンスにはだんだん違和感を感じるようになっていました。

商店街にある駄菓子屋さんの空き店舗で何かできるチャンスに恵まれたのはとても嬉しかったです。このお店はもともと自分が小さい頃によく通っていた場所で思い入れもあったからです。素敵な場所にしたいと思いました。

今、この場所は「ARCH茶山」というレンタルスペースやカフェのコンプレックスした場所になっています。

     

  ⦅ARCH茶山 店舗写真⦆           ⦅あいまいな境界 店舗写真⦆

駄菓子屋さんが並びの角から2軒目の物件だったので、空き家になっていたいちばん角の物件も登記を調べて買いました。現在はさらに反対の隣の物件もリノベーションを進めています。

最初に購入した駄菓子屋さんだった店舗はレンタルスペースとして改装し、こんな場所ができるよということをお試しで使ってもらうための場所としています。こういった場所を借りる人にイメージを持ってもらう、そんな動線となるような場所にできたらよいなと思っています。マルシェを呼んだり、イベントスペースとして私自身が運営しています。

その右隣は、もともと昔食堂を営んでいた場所で、その後は住居として使われていました。空き家となっていたのでやはりリノベーションをして使えるようにしたいと思い、2022年(令和4年)の7月に独自に街歩き企画を行って皆さんに見ていただきました。その時に下関に住んでいる30代後半の女性で、カフェを始めたいと場所を探していた方が参加してくださり、この場所で何かをしたいと言ってふるさと納税型のクラウドファンディングをして起業されました。もともと創業支援カフェKARASTA(カラスタ)の北尾洋二さん会社で働いていらしたため、実現することへの意識も高い方でしたので、「ARCH茶山」のコンセプトに共感していただくことができました。今、「あいまいな境界」というカフェ & バーを営業されています。

一番左のもともとスナック喫茶だった場所もこれから飲食店を誘致できるようにリノベーションしようと思っています。

 

嶋田 「ARCH茶山」以外にプロジェクトはあるのでしょうか?

 

橋本 「ARCH 幸町」と「ARCH 豊前田」という場所をやっています。「ARCH 幸町」は唐戸の1階がテナントで2階が住居になっている建物なのですが、1階に入っていたお茶屋さんが退居されて、路面スペースが7年間ほど空いた状況になっていました。スペース的にかなり広かったので、なかなかお客様がつかず、お客様からはもう少し小さかったらなという声をよく聞いていました。なのでこのテナント部分をARCHで借り上げて2区画に分割し、別な方に貸すことを考えました。最初はオーナーさんに2分割して貸し出すことを提案したのですが、そのためには設備などの整備にお金がかかってしまいます。オーナーさんはテナント部分にはお金をかけない方針だったので、私の方で借りて2分割にして貸してもよいか提案しました。

 

嶋田 そこまでして借りようとしたのは、このエリアに何か広がりがつくれる可能性を感じたのでしょうか。

 

橋本 はい、そうなんです。ひとつは唐戸という場所は唐戸市場もあり、下関市の中でも人の行き来や界隈がつくれる可能性があるなと思っていたことと、この場所の向かいにもともとあったパチンコ屋さんが閉店し、大きなドラッグストアへ建て替えが進んでいる話も聞いていました。なので新たな人の出入りができるだろうと思ったんです。

それから、東京に住んでいる友人がUターンして下関でヨガスタジオを開きたいのでどこかよい場所はないかと相談を受けていたこともありました。この場所はちょうど角地で交差点に面しているので、ほどよくまちに開いているし、向かいにできるドラッグストアに来る人たちの目にも止まりやすいのではないかなと。

場所として明るくなっていく兆しがあったのと、唐戸のエリアのまちづくりも始まっていて2025年秋には唐戸あるかぽーとに星野リゾートリゾナーレができる計画も発表されていました。海側のエリアはジョギングする人たちも多い場所なので、そこで健康や美容、ヨガというイメージが繋がって、この場所だったらガラス張りの外観だし、コンセプトが発信しやすいのではないかなと思いました。友人からは場所を気に入ってもらえたのですが、広さ的にやはり広すぎてしまうことがネックになったので、私の方で分割するアイデアをオーナーさんに交渉して進めました。もう半分の方はカフェや別の美容系の何かが入ったらと思っていくつか話はしましたがなかなか決まらないので、自分たちでシェアスペース的に運営するかを検討しています。

今までは建物をリフォームして誰でもよいから入ってくれたらと思っていたのですが、今はそうではなくて、建物にコンセプトを持たせて、店舗同士がお互いに相乗効果があるようにできることが大切なのだというふうにマインドが変わってきました。

 

嶋田 なるほど。唐戸周辺がまた変わっていきそうで楽しみですね。ほかにもプロジェクトがありましたよね。

 

橋本 はい。もうひとつは「ARCH 豊前田」です。2023年7月に開業しました。下関駅から徒歩10分の豊前田商店街は飲屋街で、建物はもともと1階は仏壇屋さんで、2階3階は仏壇屋さんの倉庫だった場所です。途中で所有者が変わり、現在の不動産オーナーは上原不動産になっています。

このエリアは1階の路面で飲食をする場合はテナントが入るのですが、2階や3階の事務所スペースにはなかなか借り手がつかない状況です。なので1階は営業しているけれど、2階3階は空いているビルが多いんです。そういった場所で、1階だけではなく、2階や3階を使ってもらえる可能性ってないのかなと思い、3階部分を借りてクリエイティブな発想の起業・副業のチャレンジ施設、ワーケーションや移住定住促進をコンセプトに、カフェ(シェアキッチン)が併設されたコワーキングスペース、シェアオフィスとしてリノベーションしました。

ここのコンセプトは、ここで出会った人たちが町中でお店を開業できるように支援していけたらと思っていて、半個室で仕事ができる起業のためのワークスペースだったり、キッチンがあるのでそこで一日試しにお店を開いてみることができたり、スタートアップや企業を支援できるようにしています。

嶋田 これらを2年ぐらいの間に個人で動かれて開業していったということですよね。ご実家の上原不動産のお仕事もあったと思うのですが、ARCHの仕事との関係性はどのようになっているのでしょうか。

 

橋本 上原不動産経由で情報を取得して動くことはあるのですが、その後の動きについては完全に私個人の活動になります。これらを上原不動産の新事業にできたらと思い、話はしたのですが、良いことではあるけど自社がリスクを取って参入することについては、なかなか理解を得ることはできませんでした。

 

嶋田 そういうことはさまざまな地域でよく耳にしますね。僕は地場の不動産屋さんが、僕たちがやっているような家守事業を理解して参入してくれたら、各地のまちはもっとよくなっていくと思っているんです。でも、現業で仕事が回っている不動産屋さんにそういった話をしてもほとんど耳を貸してもらえません。貸すのが難しいとか、借り手の要望に沿うのが難しいといった場合に、マッチングすることを最初から諦めてしまうのが今の状況で、でも一般的な流れからすると貸したり借りたりするには地域の不動産屋さんに頼らざるを得ない、そこしかチャンネルがないので、その人たちが紹介してくれないと、「ある」はずのものが「ない」ということになってしまう。そうすると町中で何かやりたい人たちもチャンスが失われてしまう。

橋本さんにお聞きしたいのは、なぜこういうことをやろうと思ったのか? です。地域の不動産業の人たちは多くが今厳しいにある中で、上原不動産は会社自体は人も増えているし、業績も順調で、古い建物を再生活用したARCHのような試みをわざわざする必要はないという意見もあると思うんです。橋本さんがこういったことをやろうと思った思いは何だったのでしょうか。

 

橋本 上原不動産の仕事は一般的な不動産屋さんの仕事として、住まいや場所を探している人たちに不動産を案内するかたちで、その仕事自体に不満がはないのですが、長年下関に居て、不動産を通してたくさんの人たちとの繋がりを持っているにも関わらず、仕事は常に物件や条件といったことでしか動かないことに疑問を持つようになっていました。

リノベーションまちづくりを学び、自分がまったく知らなかった仕事のあり方があることを知り、それを自分にもできるかもしれないと思ったので上原不動産の仕事とは別なかたちでARCHを始めました。リフォームするだけの時は、住んでいる人に介入することもなく、単に部屋を管理すればよいのである意味楽でしたが、繋がりや自分に残るものがある実感はありませんでした。

でも、再生活用を前提とした場所づくりを目指すと、そこに関わってくれる皆さんと一緒につくっていく感じなんです。一方的につくってただ貸すのではなくて、コミュニケーションを密に取って進めないといけないし、貸した後もそれで終わりではなく、私自身も関わりながらやっていく感じになります。そんな風に仕事をしたことがなかったので、考え方を変えていかなければいけなかったですが、と当時に、こういう不動産事業のあり方をすれば、こんなにもたくさんの人と繋がっていけるのかと思うと楽しくて、そこに可能性を感じるようになりました。もちろん、人が関わる分大変なことは増えますが、仕事としてのやりがいがあり、人と繋がってできることの未来やビジョンもどんどん広がっていくのを感じられるようになりました。それが仕事としての最大の魅力ですが、自分が住んでいる下関をよりよい場所にしていくことがこれからの目標です。

今、素敵な場所が少しずつできて、その場所を見て可能性があると気づく人が少しずつ増え始めていると感じます。そんな影響力もあるんだと分かるようになりました。

嶋田 ご実家の不動産屋さんで橋本さんがやりたいことが認めてもらえなかった時、普通は気落ちして諦めたりしてしまうんじゃないかと思うのですが、橋本さんがそれでも続けていきたいと思うのはなぜなんでしょうか。

 

橋本 下関という場所でこれからも不動産屋として生き残っていくためには、遊休不動産の再生活用は必要なことだと思ったからです。不動産屋は人も情報も集まるのに、それが活かせていないことが歯痒かった。地域の強みを持っているのだから、それをもっと活かして地域のためにリードしていけばよいのになと。家業が大切にしているポリシーやスタンスも理解はできましたが、不動産を仲介したり、オーナー業をするだけではない私達の価値をを発信していきたいと思ったんです。自分は不動産屋がこれからどう生きていくのか、その新たなマインドや不動産業そのものの魅力を示していくことができたらと思いました。

嶋田 結局、上原不動産の方のお仕事はどうなさったのでしょうか。

 

橋本 事業の展開が広範囲になってきているので、片手間では難しくなってきたのと、自分が居るから自分に集まってきてくれて何かを一緒に生み出そうとしてくれる方たちがいる中で中途半端にはできないので、今後はARCHの活動に注力したいと思い、実家の仕事を辞めて独立しました。上原不動産からのお給料はなくなってしまいますが、今まで買い上げて満室稼働を目指してきた賃貸物件や、場所の収入があることは大きいです。場所をつくる時、単に賑わいをつくればよいとは思っていなくて、ちゃんと売り上げもつくって、その確信を持って次に進みたいタチですが、コツコツ積み上げたものが生活のベースとなっています。

 

嶋田 なるほど。お話を伺っていると、橋本さん自身が生活のベースを若い時からの積み上げで確保できていることが、ある意味金銭的に自由になることへと繋がっているのかなと。僕はその自由ってとても大切だと思っているんです。

事業者が不動産を持つことの意味のひとつとして、不動産賃貸収入があると金銭的に安定するという部分が大きい。僕も設計事務所の収入はありますが、パン屋さんをやったり民泊をやったりしている中で、それらで生活を成り立たせようとはしていないので発想が自由になるんです。これが正しいと思うものがつくれる。ノビノビと事業ができることも僕たちには大切な気がしています。

これからの活動はどのように展開されていくのでしょうか、橋本さんのビジョンを教えてください。

 

橋本 まだまだ下関のまちには遊休不動産がたくさんあるので、特に茶山通り商店街周辺で周りにもう少し他の店舗に派生させていくプロジェクトを行っていきたいと思っています。それから、ARCH茶山の周辺は斜面地が多くて車が一方通行でしか通れないエリアですが、ここでも何かをしたいです。地元の人たちはそこで商売や何かする発想にはならないと思いますが、そんな場所に人を歩かせるようにしたり集客するにはどうしたらよいかを考えたいんです。地元の人だけでは盛り上がりがつくれないと思うので、他から事業者を入れて宿泊施設を計画したり、住居での民泊やゲストハウス、飲食店をつくっていく計画を考えています。ARCH茶山の道路を挟んですぐ横に店舗付き住宅が売りに出ていたので、購入してリノベーションを始めています。今は、ここに分散型ホテルのコンシェルジュ機能を持たせたアート雑貨店として街の立ち寄り拠点ができないかと計画中で、借り手の目処が立っている状態です。少しずつ店舗数を増やしていきたいですね。

もうひとつは下関駅前から伸びるグリーンモール商店街、コリアン通りのような商店街ですが、今はほとんど空き店舗になってしまっています。でも下関の中でも独特な魅力を持つ場所だと思っているので、ここでも物件が出て借入がつけばこの場所の魅力を最大限発揮できるようなプロジェクトを考えてみたいと思っています。

 

嶋田 グリーンモール商店街にあるもともと旅館だった建物があるのですが、下関市の実践リノベーションワークショップの舞台となったあと、現在はらいおん建築事務所で借りてテナントと宿泊施設としてリノベーションしています。そのお話はまた改めてしますが、テナント候補がすでに4組ほどいらして、橋本さんからも紹介していただきました。

今年の6月にオープンしました。

橋本さん、本日はありがとうございました。これからも下関でいろいろとご一緒していくかたちになると思います。一緒に下関を盛り上げていきましょう。